香川県丸亀市の象徴である丸亀城の石垣が大規模な崩落に見舞われたのは、2018年(平成30年)10月8日と9日のことです。同年7月の西日本豪雨、そして相次ぐ台風の影響により、鎮座していた南西部の帯曲輪および三の丸の石垣が轟音と共に崩れ落ちました。日本一の高さを誇る「扇の勾配」が、自然の猛威の前にその姿を変えた瞬間でした。現在もなお、この歴史的遺産を守るための壮大な復旧プロジェクトが続けられています。

「石の城」を襲った想定外の連鎖:崩落に至るまでの背景

丸亀城は、その優美な曲線から「扇の勾配」と称される日本屈指の石垣技術の結晶です。しかし、2018年の夏は異常でした。まず7月の西日本豪雨により、地中には許容量を超える水分が蓄積され、土圧が極限まで高まっていたのです。その後、追い打ちをかけるように台風20号、24号が相次いで四国を直撃。地盤はもはや限界を迎えていました。10月8日の午前中、帯曲輪の石垣が最初の崩落を起こし、翌9日にはさらに上部の三の丸東側が連動するように崩れ去りました。崩れた石の数は数千個に及び、その光景は市民のみならず、城郭ファンや歴史家たちに計り知れない衝撃を与えたのです。生駒親正、山崎家治といった築城の名手たちが積み上げた結晶が、これほどまで脆く崩れるとは誰もが予想だにしない事態でした。この崩落は単なる自然災害ではなく、築城から400年以上が経過した構造物の「老朽化」と「現代の異常気象」が最悪の形で交差した結果と言えるでしょう。

地質学と構造から見る「崩落の本質」:なぜ耐えられなかったのか

専門家による事後調査で浮き彫りになったのは、丸亀城特有の構造的脆弱性でした。丸亀城の石垣は、亀山という自然の山を削り、その周囲を石で囲う「鉢巻積み」や「腰積み」という技法が混在しています。長年の雨水浸透により、背後の盛り土が「泥状化」し、石垣を内側から押し出す力が強まっていました。特に崩落現場付近は、過去の改修時に積み直された箇所の境界にあたり、構造的な歪みが集中しやすい地点でもあったのです。「水抜き穴」の詰まりも深刻な要因の一つでした。本来、石垣の隙間から排出されるべき雨水が逃げ場を失い、石垣の内部に巨大な水圧(間隙水圧)を発生させたことが、最終的なトリガーとなったのです。江戸時代の職人たちが想定した「千年に一度の雨」を、現代の気候変動が軽々と凌駕してしまったという事実は、日本の城郭保護の在り方に根本的な再考を迫るものとなりました。

文化財保護と安全性のジレンマ:崩落が突きつけた教訓

丸亀城の石垣崩落は、全国の自治体にとって「対岸の火事」ではありません。石垣は一度崩れれば、その復元には天文学的な予算と膨大な歳月を要します。今回の事案で浮き彫りになったのは、「目視による点検」の限界です。表面上の石のズレや孕み(はらみ)を監視するだけでは、内部の土圧の変化や含水率の異常を察知することは困難でした。現在はレーザースキャニングや地中レーダーを用いたハイテクな監視体制が導入されていますが、当時の技術運用では限界があったと言わざるを得ません。また、文化財としての「現状維持」という原則と、防災のための「補強」という実利のバランスをどう取るかという、極めて難しい課題も突きつけられました。コンクリートで固めてしまえば崩落は防げますが、それでは重要文化財としての価値を失います。伝統的な技法を継承しつつ、いかに現代の防災技術を融合させるか。丸亀城の崩落は、未来へ歴史を繋ぐための「苦渋の試練」となったのです。

丸亀城石垣復旧の落とし穴と専門家によるアドバイス

丸亀城の石垣復旧において、多くの人が陥りやすい誤解は「元の姿に戻す=以前と同じ積み方をする」という単純な図式です。現代の石垣修復は、単なる外観の再現ではなく、崩落の原因となった背後の地盤や排水機能の抜本的な改善が求められます。安易に伝統工法のみに固執すると、近年の激甚化する豪雨に耐えられないリスクがあります。

専門家の視点では、「石垣のカルテ」とも言える緻密なデータ分析が不可欠です。崩落した石の一点一点に番号を振り、三次元スキャンを用いて元の位置を特定する作業は気が遠くなるような時間が必要ですが、これがなければ「現存天守を支える土台」としての強度は担保できません。見学の際は、単に「綺麗になった」という点だけでなく、石垣の背後に隠された排水設備や補強技術にも注目することで、この歴史的遺産を次世代へ繋ぐ難しさと価値をより深く理解できるはずです。

よくある質問(FAQ)

Q1:崩落した石垣の修復にはどれくらいの期間がかかりますか?

2018年の崩落以降、復旧作業は段階的に進められていますが、完全な完了までには十数年単位の期間を要すると見込まれています。石垣を一段ずつ積み上げる作業に加え、地盤の安定を待つ工程が必要なため、焦りは禁物とされています。

Q2:修復に使われる石は、崩落したものと同じものですか?

基本的には「再利用」が原則です。崩落した約6,000個の石のうち、使用可能なものは元の位置に戻されます。ただし、破損が激しいものや強度が不足しているものについては、地元産の同質の石材を新調して補うケースもあります。

Q3:復旧工事中に観光することは可能ですか?

はい、観光は可能です。天守への入城ルートは確保されており、むしろ現在は「今しか見られない復旧工事現場」を公開する取り組みも行われています。展望台からは、国内屈指の高さを誇る石垣が再生されていく様子を間近に観察できます。

編集部からの総括

丸亀城の石垣崩落は、私たちに「形ある歴史」を維持し続けることの厳しさを突きつけました。しかし、一歩ずつ着実に積み上げられる石の姿は、単なる修復作業を超えた、職人技の継承という側面も持っています。「扇の勾配」と称される美しい曲線が完全な形で復活するその日まで、私たちはこの再生のプロセスを温かく、そして関心を持って見守り続ける必要があるでしょう。