虹はいつから7色になった?
私たちが当たり前だと思っている「虹は7色」という考え。実は、そんな常識も昔からあったわけではありません。日本で虹が7色とされるようになったのは、明治時代に入ってからのことです。
特に大きな転機となったのが、明治8年に発行された教科書。そこには「太陽の光は7色に分かれる」と紹介され、学校教育を通して広まっていきました。これは、ニュートンによる光の分光実験の影響を受けています。ニュートンはスペクトルを7色に分類したため、日本でもそれに倣う形で定着していったのです。
でも、実際の虹を見ると、はっきりと7色に分かれているわけではありません。空に浮かぶ虹は、色がなめらかに混ざり合っていて、どこからどこまでが「赤」や「青」かを線引きするのは難しい。にもかかわらず、「7色」という数字が強く意識されるようになったのは、教育の力が大きかったと言えるでしょう。
ちなみに、海外では虹を4色や6色と数える国も。文化や教育によって、同じ虹でも見え方が違うのです。日本人にとっては「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」の順に並ぶ7色が、虹のイメージとして根づいていますが、それは100年以上前の教科書がきっかけだったなんて、少し驚きですね。
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