徳川家康の死因は「天ぷらの食べ過ぎ」だったのか?
徳川家康の死因について、「天ぷらを食べて即死した」という噂は有名ですが、史実の経緯は少し異なります。江戸幕府の公式記録『徳川実紀』によると、元和2年(1616年)1月、家康は現在の静岡県藤枝市近くで鷹狩りを楽しんだ際、京都で流行していた鯛の天ぷらを夕食に食べました。その日の夜中に激しい腹痛を訴え、医師の診察によって腹部に「しこり」が見つかったとされています。
しかし、家康が実際に息を引き取ったのは、天ぷらを食べた日から約3ヶ月も後の4月17日です。現代の医学的見地や『徳川実紀』に記された症状の経過(吐血や急激な衰弱、腹部の腫瘤など)から、直接の死因は天ぷらの食中毒ではなく、胃がんであった可能性が極めて高いと考えられています。油分の多い天ぷらが弱っていた胃を刺激し、病状を発覚させる引き金にはなったものの、「天ぷらで当たって死んだ」というのは後世に広まった俗説です。
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