イタリアの離婚率は、人口千人あたり約1.35前後で推移しており、EU主要国やアメリカ、さらには日本(約1.50)と比較しても依然として低い水準にあります。カトリックの教えが根強く息づくこの国では、長らく結婚は「神聖にして不可侵」とされてきました。しかし、この数字だけでイタリアの夫婦関係が円満だと結論づけるのは早計です。内実を探れば、法的な障壁と歴史的背景が絡み合う、極めて特殊な社会構造が浮かび上がってきます。

歴史的足枷と「別居期間」という名の巨大な防波堤

そもそもイタリアで離婚が合法化されたのは1970年のことです。それまで法的な「離婚」は存在せず、一度結ばれた婚姻関係を解消することは事実上不可能でした。バチカンお膝元のこの地では、宗教的な婚姻の誓いが国法をも縛り続けていたのです。さらに、離婚が認められてからも、夫婦はいきなり破局を選ぶことは許されませんでした。手続きの第一段階として、必ず数年間に及ぶ「法定別居(Separazione)」を経る必要があったからです。かつては3年間もの冷却期間が義務付けられており、これが離婚のハードルを異様なほど高くしていました。つまり、別居して事実上の婚姻破綻を迎えているにもかかわらず、戸籍上は「既婚者」のまま放置されているカップルが大量に存在していたというわけです。統計上の離婚率の低さは、幸福な家庭が多い証拠ではなく、単に手続きの煩雑さと時間の浪費がもたらした「制度の目詰まり」に過ぎなかった側面が否定できません。

2015年「短期離婚法」の衝撃が破壊した伝統的家族観

この歪んだ構造を根底から覆したのが、2015年に施行された通称「短期離婚法(Divorzio breve)」です。この法改正により、それまで3年を要した法定別居期間が、合意離婚の場合はわずか6ヶ月、裁判離婚でも1年にへと大幅に短縮されました。このドラスティックな緩和が何をもたらしたかは、その後の統計を見れば一目瞭然です。法改正直後、未処理だった別居案件が一気に形骸化を脱し、離婚件数は一時的に前年比で50%以上も跳ね上がりました。これはイタリア人が急に不仲になったのではなく、抑圧されていた「別居中」の男女が一斉に籍を抜いたことを意味します。伝統的な大家族を重んじる南部ではいまだに離婚への心理的抵抗が強いものの、ミラノやトリノといった北部都市圏では、もはや他のヨーロッパ諸国と変わらないスピードで婚姻関係が解消される時代に突入しています。

経済的困窮が引き起こす「離婚できない」若者たちのリアル

制度が簡素化された現在、イタリアの夫婦を繋ぎ止めている最後の砦は宗教ではなく「カネ」です。イタリアは深刻な若年層の失業率と低賃金に喘いでおり、経済的な自立が極めて難しい社会です。実家依存度が高い「マンモーネ(マザコン)」と揶揄される文化も、裏を返せば単独で生活拠点を維持できない経済的脆弱性の現れに他なりません。経済的なリスクを恐れる若者は、そもそも「結婚」という法的な枠組み自体を避けるようになり、事実婚(Convivenza)を選ぶケースが爆発的に増えています。結婚のハードルが上がり、経済的に余裕のある層だけが結婚するようになった結果、分母である婚姻数が激減し、結果として分子である離婚数が抑制されるという皮肉な現象が起きています。愛の破綻を隠蔽する経済的困窮、それこそが現代イタリアのリアルな婚姻事情なのです。