あなたが今、日本国籍を持っているとしたら、それは「生まれた時に父親か母親が日本国民だったから」という理由がほとんどのはずです。法律的には、国籍の決定方法は生まれた国や親の血縁、あるいはその後の手続きによって世界共通の厳格な基準で定められており、私たちが意識しないところで個人のアイデンティティや法的権利のすべてを決定づける究極の土台となっています。

国籍を左右する「2つの世界基準」と日本のリアルな数字

世界には、国籍を決めるための大きな2つの潮流が存在します。それが「血統主義」と「出生地主義」です。日本をはじめ、アジアやヨーロッパの多くの国が採用しているのは血統主義です。法務省の統計や各種データに目を向けると、日本で暮らす外国籍の住民は近年急増しており、現在では約300万人を超えています。つまり、日本国内で生まれ育っても、親が外国籍であれば原則として日本国籍にはならない子どもたちがそれだけ存在するということです。逆に、アメリカやカナダなどの出生地主義の国では、親の国籍がどこであれ、その国の領土内で生まれさえすれば自動的にその国の国籍が与えられます。この制度の違いにより、毎年何万人もの子どもたちが、自らの意思とは関係なく「二つの国籍」を持つ、あるいは「どちらの国籍を選ぶか」という選択を迫られる人生をスタートさせているのが現代のリアルな数値データから見えてくる実態です。

「血がつなぐ国」と「土地が育む国」の圧倒的なアプローチ差

これら2つのアプローチには、国家の成り立ちや歴史的背景が色濃く反映されています。血統主義(血統優先)をとる国々は、歴史的に独自の民族的・文化的まとまりを重視してきた傾向が強く、コミュニティの継続性を「血のつながり」に求めます。親から子へと受け継がれるDNAこそが国を構成する要素だという考え方です。これに対して、アメリカ、ブラジル、カナダなどの移民国家が採用する出生地主義は、国境の内側にいる人間をすべて自国民として取り込み、新たな国力を生み出すというオープンな思想に基づいています。どちらが良い悪いではなく、地政学的な戦略の差です。前者は社会の安定性を保ちやすい反面、グローバル化による移民の受け入れに摩擦が生じやすく、後者は多様性を力に変えられる一方で、国籍取得を目的に渡航する「国籍ツーリズム」のような新たな社会現象を生み出す引き金にもなっています。