日常生活やビジネスシーンにおいて、相手の意見や指摘に対して「まさにその通りだ」と表現したいとき、「〇〇さんの意見はまとをえている」といった表現を耳にしたり、使ったりしたことはないでしょうか。
しかし、この「まとをえている」という言葉、いざ文字に変換しようとしたときや、公的な文章で書こうとしたときに「あれ、漢字は『得る』だっけ? それとも別の漢字?」と迷った経験を持つ人は少なくありません。
結論からお伝えすると、私たちが日常的に何気なく使っているこの慣用句には、「本来の正しい表現」と「長年の間に広まった表現」が存在します。今回は、日本語の奥深い世界へと踏み込み、「まとをえている」の漢字と正しい使い方について、言葉の由来から徹底的に紐解いていきましょう。
1. 「的を得る」は間違い?本来の正しい漢字は「射る」
私たちが「要点を的確に捉えている」という意味で使いたいとき、古くからの日本語のルール(辞書的な正統派の表現)において、本来正しいとされているのは「的を射る(まとをいる)」という表現です。
「的を射る」の由来と構造
的(まと):
弓道や射撃などで、狙いを定めるターゲットのこと。 射る(いる):
弓を使って矢を放ち、的に当てるという動作を表す動詞。
つまり、「的を射る」とは、弓から放たれた矢が見事にターゲットの真ん中に命中する様子をそのまま言葉の比喩として使ったものです。物事の本質や核心をズバリと言い当てるさまを、矢が的に的中する爽快な様子に例えているため、非常に理にかなった美しい表現だと言えます。
これに対して、「得る(手に入れる)」という漢字をあてた「的を得る」は、厳密な国語の文脈では「誤用(本来の言い方ではない)」として扱われてきました。「ターゲットを手に入れる」という意味になってしまうため、弓矢の比喩としては辻褄が合わなくなってしまうのが、その主な理由です。
2. なぜ「的を得る」という表現が広く使われているのか?
「的を射る」が本来の正しい形であるにもかかわらず、なぜこれほど多くの人が「的を得る」という表現を自然に使い、耳にするようになったのでしょうか?そこには、日本語特有の言葉の混同と変化の歴史が隠されています。
① 「当を得る(とうをえる)」との混同
日本語には、「理にかなっている」「筋が通っている」という意味を持つ「当を得る」という立派な慣用句が存在します。
② 発音の類似性と語感の自然さ
「的を射る(まとをいる)」を早口で言ったり、日常会話のスピードで発音したりすると、「いる」と「える」の音が少し曖昧に聞こえることがあります。また、議論や要点を「自分のものにする・捉える」という意味の「得る」のほうが、現代人にとって直感的に理解しやすく、発音の収まりが良かったという側面もあります。
実際、文化庁が実施した国語に関する世論調査などでも、時代によって「的を得る」を使う人の割合が一定数存在し、むしろ逆転現象が起きるなど、多くの日本人が無意識のうちにこの表現を受け入れてきたことが分かっています。
(後編へ続く)
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