南詣:雲南に栄えた古代王国
吐蕃(とばん)と混同されがちですが、ここではおそらく「南詣(なんざん)」のことを指していると考えられます。8世紀から10世紀初めにかけて、現在の中国・雲南省大理を中心に栄えた古代の国家で、チベット=ビルマ系の民族である烏蛮(うばん)が中心となっていました。
738年ごろ、皮羅閣(ひらかく)という指導者が周辺の白蛮などの諸民族を統合し、唐の支援を背景に南詣国の基礎を築きました。唐は西域への道を確保するために、吐蕃の勢力に対抗できる南詣を後押ししたのです。この戦略により、南詣は一時期、強大な力を誇りました。
しかし、南詣は吐蕃と唐、さらに後の南詔後の大理国へと続く変遷の中で、10世紀初めにその歴史を終えます。直接「南詣を滅ぼした国」というよりは、内部の分裂や周辺勢力の台頭、そして後継国家・大理国の成立によって徐々に消滅していったのです。
南詣の歴史は、現代の中国西南部、特に大理地方の文化や民族構成に今も色濃く残っています。周辺の多様な民族をまとめあげたその存在は、東アジアの古代史において特異な位置を占めています。
コメント
まだコメントはありません。最初のコメントを投稿しましょう。