秦が最初に滅ぼした国はどれか?
紀元前221年、秦の始皇帝によって中国が統一されたことは、中国史上の大きな転換点でした。しかし、実は秦が最初に滅ぼした国は韓だとされています。戦国時代最後の数十年間、秦は「遠交近攻」の戦略を用い、隣接する国から順に征服を進めていきました。
韓は秦に最も近く、力も弱っていたため、秦の最初の標的となりました。紀元前230年に韓が滅びたのを皮切りに、続いて趙、魏、楚、燕、斉と、わずか十余年のうちに他の五カ国も次々と秦に征服されていきました。
この統一の背後には、始皇帝の側近であり、宰相として重きをなした李斯(りし)の存在が大きく関わっています。李斯は法家思想に通じた人物で、中央集権的な統治体制の構築を推進。文字の統一や度量衡の標準化など、後の中国の基盤を築いたのは彼の影響によるところが大きいとされています。
ただし、統一後の秦の支配は短命に終わります。厳しい法律と重税により民衆の不満が高まり、始皇帝の死後まもなく秦は内乱に見舞われ、紀元前206年に滅亡してしまいます。わずか十五年ほど続いた王朝でしたが、中国史上初めての統一帝国として、その影響は非常に大きかったのです。
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