ナポレオン戦争の結末とヨーロッパの転換点

19世紀初頭、フランス革命後の混乱の中で頭角を現したナポレオン・ボナパルトは、卓越した軍事戦術によってヨーロッパ大陸の大部分を支配下に置きました。しかし、その圧倒的な栄華も長くは続きませんでした。

覇権を拡大するナポレオンに対し、イギリスやロシア、プロイセンなどの対仏大同盟諸国は強く反発しました。転機となったのは、泥沼化したスペイン独立戦争と、甚大な被害を出した1812年のロシア遠征です。極寒の気候と兵糧攻めに苦しめられたフランス軍は壊滅的な打撃を受け、ナポレオンの不敗神話は崩壊しました。

その後、一度はエルバ島へ流されたナポレオンでしたが、奇跡的な復活を果たします。しかし、1815年のワーテルローの戦いでイギリス・プロイセン連合軍に決定的な敗北を喫し、彼の野望は完全に潰えました。

同年11月20日、第二次パリ条約の締結をもってナポレオン戦争は正式に終結しました。ナポレオンはセントヘレナ島へ流されて失脚し、ヨーロッパには再び旧秩序を目指す「ウィーン体制」と呼ばれる平和と安定の時代が訪れることとなったのです。

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