越後の龍、上杉謙信の最期とその謎

戦国時代、その圧倒的な武勇から「越後の龍」や「軍神」と称えられた上杉謙信。生涯において数々の激戦を繰り広げた名将ですが、その最期は戦場ではなく、思いがけない場所で訪れました。

天正6年(1578年)3月9日、遠征に向けた準備を進めていた謙信は、居城である春日山城(現在の新潟県上越市)の厠(かわや=トイレ)で突如倒れました。そのまま意識を取り戻すことなく、4日後の3月13日に49歳の若さで息を引き取ったと伝えられています。

謙信の死因については諸説存在しますが、当時の大酒飲みであった生活習慣が強く影響していたと考えられています。彼は酒と塩気の強い肴を好み、日常的に大量の酒を嗜んでいました。そのため、現在でいう脳卒中や脳出血を発症した可能性が高いとされています。寒さの残る3月、急激な温度変化や排泄時の負担が引き金となったのかもしれません。

織田信長をはじめとする強敵たちに恐れられた稀代の戦国大名は、戦場の矢玉ではなく、城内の静かな場所でその波乱に満ちた生涯に幕を閉じたのです。

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