徳川家康の健康ライフと「天ぷら」の謎
肖像画から伝わる姿や歴史的な記録から、徳川家康は少しふくよかな体型でありながら、実は非常に健康への意識が高い人物であったとされています。自ら薬を調合するほどの健康オタクだった家康ですが、その生涯を締めくくる最後の引き金として有名なエピソードが「天ぷらの食べ過ぎ」です。
元和2年(1616年)、鷹狩りに出かけた家康は、京都の豪商から当時上方で流行していた鯛の天ぷら(当時は付け揚げと呼ばれたもの)を献上されました。ごま油などで香ばしく揚げられた鯛に生にんにくを添えた珍味は非常に美味で、家康はこれを大量に平らげたと言われています。しかし、その夜から激しい腹痛と体調不良に見舞われ、約3ヶ月後に75歳でこの世を去りました。
本当の死因は食中毒ではない?
現代の歴史研究や医学的見地からは、天ぷらによる食中毒が直接の死因ではないという説が有力です。家康の晩年の症状として、腹部に大きな「しこり」があったことや、発病から亡くなるまでに数ヶ月の猶予があったことから、本当の死因は胃がんであった可能性が高いとされています。衰えていた胃腸に、油分の多い天ぷらを食べ過ぎたことが病状を急速に悪化させるきっかけになったと考えられています。
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