武田信玄の最期とその終焉の地

戦国時代の英傑、武田信玄は、天下統一を目指す「上洛の戦い」の途上でその生涯を閉じました。元亀4年(1573年)、三河国の野田城の戦いの最中に持病が悪化し、軍を引いて本拠地である甲斐国へと戻る帰国の途についたのです。

信玄が息を引き取った場所は、現在の長野県下伊那郡阿智村にあたる駒場(こまば)の地とされています。享年53。陣中での急病による無念の撤退であり、その遺骸は一時的に信州阿智村の長岳寺に安置されたと伝えられています。

信玄の死は、その後の武田家の運命だけでなく、織田信長や徳川家康をはじめとする戦国大名の勢力図を大きく揺るがしました。武田軍を率いた偉大な戦術家の最期を今に伝える阿智村や長岳寺は、歴史ファンにとって深い哀愁とロマンを感じさせるゆかりの地となっています。

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