目次
韓国人の遺言はどうなっているのか。結論から言えば、韓国における遺言の仕組みや効力は、基本的には日本と非常によく似ています。なぜなら、韓国の民法は歴史的な背景から日本の旧民法をベースに構築された経緯があるからです。しかし、だからといって「日本と同じ感覚で大丈夫だろう」と高を括っていると、国際相続の現場で取り返しのつかない致命的なトラブルに直面することになります。血縁を重んじる儒教文化の根強さや、度重なる独自の法改正によって、現在の韓国における相続・遺言実務は日本とは全く異なる独自の進化を遂げているのが実態です。
歴史的背景と現行民法における遺言の法的枠組み
かつて朝鮮半島では、長男がすべての財産と祭祀を継承するという家父長制的な慣習が色濃く残っていました。しかし、1960年の民法施行以降、幾度もの劇的な法改正を経て、現代の韓国は極めて平等主義的な相続制度へと変貌を遂げています。現在、韓国民法において遺言が法的な効力を持つためには、法律が定める厳格な方式を完全に満たしていなければなりません。これを「要式性」と呼び、一文字のミスや手続きの瑕疵さえも遺言を無効にする刃となります。
韓国で認められている遺言の方式は主に5種類存在します。自筆証書、録音、公正証書、秘密証書、そして緊急時の口頭証書です。日本人が特に驚くのは「録音による遺言」が明文で認められている点でしょう。遺言者が遺言の趣旨、氏名、年月日を口述し、それに立ち会った証人がその正確性を確認して自らの氏名を録音するという方法です。一見手軽に見えますが、偽造や改ざんのリスクを排除するための立証のハードルは極めて高く、実務での選択には慎重を期さなければなりません。法的な確実性を担保する意味では、やはり公証人が関与する公正証書遺言が最も信頼されているのは日韓共通の常識です。
日本と韓国の決定的な差異:血統主義と遺留分の激変
実務上、最も注視すべきは「誰が相続人になるのか」という範囲と順位の設計です。韓国民法では、配偶者と直系卑属(子や孫)が第1順位となる点は日本と同様ですが、配偶者の法定相続分が直系卑属の5割増しになるという独特の計算式を持っています。さらに、韓国ならではの特色として「直系尊属(親や祖父母)」や「4親等内の傍系血族」までが相続人の範疇に食い込んでくるため、日本の感覚で戸籍(家族関係登録簿)を辿ると、予期せぬ遠縁の親族が法定相続人として浮上し、遺言の執行を阻むケースが頻発します。
さらに今、韓国の遺言・相続実務を揺るがしている最大の地殻変動が「遺留分(ユリュブン)」を巡る憲法裁判所の判断です。韓国では長年、遺言によって特定の者に財産を集中させようとしても、排除された相続人が最低限の取り分を主張できる遺留分制度が厳格に運用されてきました。しかし、現代の家族観の変化や、生前に不孝を働いた親族への財産配分に対する不満が噴出し、法制度の抜本的な見直しが加速しています。兄弟姉妹の遺留分権利が事実上廃止の方向へ向かうなど、激動の過渡期にあるため、古い知識のまま遺言書を作成することは極めて危険であると言わざるを得ません。
在日韓国人や国際結婚家庭が直面する実務上のインプリケーション
この問題が日本で暮らす私たちにとって決して他人事ではないのは、日本国内に居住する在日韓国人や、日韓の国際結婚家庭における遺言作成において、凄まじい摩擦を生むからです。日本の通則法(法の適用に関する通則法)によれば、「相続は被相続人の本国法による」と定められています。つまり、日本に長く暮らし、生活の基盤が日本にあったとしても、国籍が韓国である以上、原則として韓国民法が適用されるのです。遺言の有効性、誰がどれだけの権利を持つのかという判断は、すべて韓国の法律に委ねられます。
ここで実務家を悩ませるのが、日韓両国の「戸籍制度の違い」です。韓国では2008年に従来の戸主制を基盤とした戸籍制度が廃止され、「家族関係登録制度」へと移行しました。これにより、一人の人間に紐づく証明書が目的別に5種類(家族関係証明書、基本証明書、婚姻関係証明書など)に細分化されています。日本で亡くなった韓国籍の人物の遺言を執行しようとする際、これら現地の証明書を完璧に揃え、さらに日本の不動産登記や金融機関の手続きに適合するよう翻訳・公証を施す作業は、専門知識なしには到底不可能な、文字通りの迷宮と化します。韓国人の遺言は、単なる意思の表明にとどまらず、国境を越えた精緻なリーガルテックの構築を要求するのです。
共通の落とし穴と専門家のアドバイス
在日韓国人や韓国籍の方が遺言書を作成する際、最大の落とし穴は「法の選択」を巡る複雑さです。日本の民法に基づき作成した遺言であっても、本国の韓国民法に定められた「遺留分(最低限の遺産取り分)」の規定を見落とすと、死後に親族間で深刻なトラブルに発展します。特に、韓国民法における遺留分権利者の範囲や割合は日本とは異なります。
専門家からの助言として、遺言書内には必ず「本遺言は日本法を準拠法として指定する」という旨を明記(法の選択)してください。これにより、日本の法律に基づいたスムーズな相続手続きが可能になります。ただし、韓国国内に不動産などの財産がある場合は、現地の登記実務に合わせた文言の調整が必要不可欠となるため、日韓両国の相続法に精通した司法書士や弁護士へ事前相談することを強く推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 韓国籍ですが、日本の「公正証書遺言」で遺言を遺せますか?
A1. はい、可能です。「遺言の方式の法律の適用に関する通則法」により、日本国内で日本の方式(公正証書遺言など)に従って作成された遺言は有効と認められます。ただし、内容(実質的成立要件)に関しては原則として本国法(韓国法)が適用されるため、前述した「日本法を準拠法とする」旨の明記が実務上極めて重要になります。
Q2. 韓国民法における「遺留分」は、日本で作成した遺言より優先されますか?
A2. 原則として優先されますが、回避措置があります。韓国法が適用される場合、遺言で「全財産を第三者に譲る」と書いても、子供や配偶者は韓国法に基づき遺留分を請求できます。これを防ぐためには、遺言書の中で明示的に「日本法を準拠法として選択する」と指定することで、日本の遺留分ルールを適用させることが可能になります。
Q3. 遺言書作成にあたり、韓国から取り寄せるべき書類はありますか?
A3. はい、必要です。相続関係を証明するために、韓国の「家族関係証明書」や「除籍謄本」の取得が必要となります。これらは在日韓国大使館や領事館で請求できますが、古い除籍謄本などは解読や翻訳が必要になるケースが多いため、準備には余裕を持って着手することをおすすめします。
編集部の見解
日韓の国境を越える相続は、手続きの煩雑さから後回しにされがちです。しかし、遺言書がない場合は「韓国法に基づく遺産分割協議」が必要となり、親族が韓国の証明書収集や慣れない手続きで多大な負担を強いられることになります。残された家族への最後の思いやりとして、また自身の財産を希望通りに引き継ぐためにも、両国の法律をクリアした確実な遺言書を専門家と共に作成することの価値は極めて高いと言えます。
コメント
まだコメントはありません。最初のコメントを投稿しましょう。