日本人のルーツ:縄文人はどこから来たのか?(前編)
「日本人」のルーツを探る時、必ずと言っていいほど名前が挙がるのが縄文人です。約1万6000年前から約3000年前まで、日本列島で独自の狩猟採集文化を築き上げた彼らは、いったいどこからやって来たのでしょうか?長年、人類学や考古学の大きな謎とされてきたこのテーマは、近年の最先端科学である「DNA解析(ゲノム研究)」によって、次々と新しい事実が明らかになっています。
1. アフリカを出発した人類の大移動
人類(ホモ・サピエンス)の共通の祖先は約20万年前にアフリカで誕生し、やがて世界各地へと旅立ちました(「出アフリカ」)。その一部がアジア大陸の沿岸伝いに南下・北上を続け、日本列島へとたどり着いたのが、縄文人の遠い祖先だと考えられています。
当時の日本列島は、現在よりも海面が低く、大陸と陸続きになっていた時代もありました。旧石器時代の後期、およそ3万年前前後には、すでに日本列島に人々が暮らしていた痕跡(遺跡や石器)が残されています。彼らが厳しい氷河期を乗り越え、日本という環境に適応しながら作り上げたのが、のちの「縄文文化」です。
2. ふたつのルートと「二重構造モデル」
かつて学術界では、縄文人の起源について主に「南方起源説」と「北方起源説」の議論がありました。
南方起源説: 東南アジア方面から、海を渡るか大陸沿岸伝いに日本へやって来たとする説。
北方起源説: シベリアや北方アジアの寒冷地から、樺太(サハリン)や朝鮮半島を経由して北日本へ南下してきたとする説。
これらをベースに、1990年には人類学者の埴原和郎氏が「二重構造モデル」を提唱しました。これは、南方の古いアジア系集団をベースに持つ人々が最初の縄文人となり、のちに弥生時代以降、大陸から別の渡来系集団がやって来て混血したことで現代の日本人が形作られたとする説です。このモデルは長年、日本人の成り立ちを説明する定番の定説となってきました。
日本人のルーツやDNAの繋がりについて、さらに詳しく知りたいポイントはありますか?
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