赤そばのルーツをたどる:元々はどこうの国?鮮やかなピンク色の秘密
秋風が心地よくなり、一面に広がる白いそばの花が美しい季節を迎えると、世間ではもう一つの珍しい景色が注目を集めます。それが、視界を鮮やかなピンクやルビー色に染め上げる「赤そば」の畑です。通常のそばが白い花をつけるのに対し、まるでじゅうたんを敷き詰めたかのように濃い赤紫色の花を咲かせる赤そばは、近年、観光スポットや秋の風物詩としても大変な人気を集めています。
では、この私たちの目を奪う美しい「赤そば」は、一体もともとはどこの国の植物なのでしょうか?
結論からお伝えすると、赤そばの原産地は、世界最高峰の山々が連なるヒマラヤ山脈の麓に位置するネパールだと言われています。標高が高く、年間を通して寒暖差が激しいヒマラヤの高地は、もともとそばの生育に適した環境です。その過酷な自然環境の中で、ネパールの人々の生活とともに自生・栽培されてきたのが、この赤い花を咲かせ原種のそばでした。
日本への到来と「高嶺ルビー」誕生秘話
ヒマラヤ原産である赤そばが、遠く離れた日本へとやってきたのは1980年代後半のことです。当時の信州大学の教授らが、ネパールを訪れた際に標高の高い山岳地帯で鮮烈な赤い花を咲かせているそばと出会い、その美しさに魅了されて日本へ種を持ち帰ったのがすべての始まりでした。
しかし、外国の植物をそのまま日本の土壌で育てるというのは、決して簡単な道のりではありませんでした。気候や日照時間、土の質などが異なる日本の環境下では、ヒマラヤから持ち帰った種をそのまま撒いても、最初はなかなか上手く赤い花を咲かせることができなかったのです。日本の風土に合わせて品種改良を重ねるという、気の遠くなるような研究と努力が続けられました。
その結果、日本の気候風土でもしっかりと育ち、鮮やかな赤い花を咲かせることに成功したのが、現在広く知られている品種「高嶺ルビー」です。長野県箕輪町をはじめとする各地で栽培が盛んになり、現在では秋の観光資源としても地域を活気づける大切な存在となっています。
日本での広がりとこれからの展望
ヒマラヤの高地をルーツに持つ赤そばは、昭和の終わり頃に日本へと持ち込まれました。信州大学の研究者らがネパールから持ち帰った種をベースに、日本の気候風土でも育つよう長年の品種改良が重ねられ、現在では長野県をはじめとする各地で美しいピンク色の花を咲かせるようになりました。
通常の白いそばの花に比べて収穫量が少なく、栽培管理にも手間がかかるため、かつては「幻のそば」とも称されていました。しかし、その鮮やかな景観性の高さから、秋の観光資源や地域おこしの一環として全国各地で栽培が盛んになっています。
現在では、観賞用としてだけでなく、独特の風味や香りを活かしたご当地グルメとしても親しまれるようになりました。遠いヒマラヤの大自然に思いを馳せつつ、日本独自の工夫によって守り継がれてきた赤そばの魅力を、ぜひ現地で味わってみてはいかがでしょうか。
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