韓国における「ペクチョン」とは

韓国で「ペクチョン(白丁)」と聞くと、現代の若者にはなじみがないかもしれませんが、歴史的には重要な意味を持つ言葉です。ペクチョンとは、朝鮮時代の身分制度の中で最も低い層に位置づけられた被差別民を指します。当時の朝鮮社会は「両班(ヤンバン)」「中人」「常民」「奴婢」といった階級に分かれており、ペクチョンはその枠外に置かれ、社会的に厳しい差別の対象となりました。

彼らは主に食肉処理、皮革加工、柳細工(ヤナギの枝を使ったかご作り)などの職業に従事していました。こうした仕事は当時の儒教的価値観から「不浄」とされ、その結果、ペクチョンたちは地域社会から隔離され、特定の地域に住まわされたり、自由な結婚が制限されたりするなど、さまざまな差別を受けていました。

特に李氏朝鮮時代、儒教が国是とされたことで、身分の固定化が強まり、ペクチョンの立場はさらに厳しくなりました。彼らは町の外れに集団で暮らすことが多く、社会との交流は制限されていました。江戸時代の日本の「非人」や「穢多」と似た立場にあるとされています。

近代に入り、1894年の甲午改革で身分制度が正式に廃止されたことで、法的には差別が解消されたとされています。しかし、社会的な偏見がすぐに消えることはなく、一部の地域では差別の名残が長く残りました。現在では「ペクチョン」という言葉自体が歴史的な語彙となり、教科書や研究の中で語られることがほとんどです。

ただし、韓国の社会がどのように形成されてきたかを理解する上で、ペクチョンの存在は決して無視できない歴史の一部です。

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