江戸に最も近い藩はどこだったのか?
江戸時代、各地の大名が参勤交代で江戸を目指す際、距離や道のりは大きな問題でした。最も江戸に近い藩は、実は鳥取藩(池田家)でした。鳥取城から江戸まで約180里、現代の単位で702kmほど。当時の交通手段では、徒歩や駕籠で約22日かかりました。
一方、遠い藩といえば、薩摩藩(島津家)が有名です。鹿児島の鶴丸城から江戸まではなんと440里(約1716km)。日程は40日から60日以上もかかり、旅の負担は非常に大きかったのです。そのため、薩摩藩は難所を避けたルート選びに工夫を凝らしました。特に山間部や海沿いの危険な道を避け、安全で通行しやすい道を優先。場合によっては、海路を利用するなど、効率的な移動を心がけていました。
ほかにも、萩藩(毛利家)は山口城から江戸まで約21〜29日、宇和島藩(伊達家)は四国の南部から約30日かけての旅でした。こうした旅路は、単なる移動ではなく、政治的義務であり、藩の財政と人材に大きな影響を与えていました。
距離だけでなく、道のりの難しさや天候、宿場の状況によっても日数は大きく左右されたため、大名たちの江戸行きは、まさに「命がけの旅」ともいえます。
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