古代メソポタミアの興亡:シュメールからハンムラビ王へ
世界最古の文明とされるメソポタミアでは、さまざまな民族が覇権を争いました。ウルやウルクといった都市国家を築き、高度な文化を開花させたのがシュメール人です。しかし、彼らは統一国家を作る前に内部での対立を深めていきました。
このシュメール人の都市国家群を征服し、メソポタミア史上初の広域統一を果たしたのがアッカド人です。強力な軍事力で巨大な帝国を築いたアッカドですが、やがて国家は衰退・滅亡へと向かいます。
アッカドの滅亡後に歴史の主役に躍り出たのが、セム系遊牧民であるアムル人です。彼らはバビロンを首都としてバビロン第1王朝(古バビロニア王国)を建設しました。この王朝の最盛期を築いたのが、名君として知られるハンムラビ王です。ハンムラビ王はメソポタミアを再び統一し、「同害復讐」の原則で有名なハンムラビ法典を制定して確固たる法治国家を創り上げました。
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