ワーテルローの敗北とナポレオンの最期

エルバ島からの脱出を果たし、一時的に権力を取り戻したナポレオン・ボナパルトでしたが、その「百日天下」は長くは続きませんでした。1815年、連合軍とのワーテルローの戦いで決定的な敗北を喫した彼は、再び皇帝の座を追われることとなりました。

再起を徹底的に防ぐため、彼が流刑地として送られたのは、大西洋にぽつんと浮かぶ孤島セントヘレナ島でした。厳しい監視のもとで幽閉生活を余儀なくされたナポレオンは、かつての栄光から遠く離れたこの地で静かに時を過ごし、1821年に51歳でその生涯を閉じました。

彼の死を巡っては長年、砒素による毒殺説など多様な噂が飛び交っていましたが、近年の解剖記録や病歴の再検証により胃癌が直接の死因であるとする説が有力視されています。スイスの研究チームらによる詳細な分析でもこの胃癌説が強く支持されており、栄枯盛衰の末に倒れた英雄の最期の真相が明かされつつあります。

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