武田勝頼の三男・武田勝親の波乱に満ちた生涯
戦国時代末期、甲斐の武田家は織田信長と徳川家康の連合軍によって滅亡の道をたどりました。武田勝頼の長男である信勝は父とともに天目山の戦いで命を落としましたが、勝頼の三男である武田勝親(かつちか)は難を逃れ、劇的な時代を生き延びた人物として知られています。
天正8年(1580年)に生まれた勝親は、幼名や初名を「勝三」と伝えられています。武田家滅亡の渦中、幼少であった彼は密かに落ち延び、武田の血筋を後世へと伝えることとなりました。過酷な戦国時代の嵐を乗り越えた彼は、江戸時代初期にかけて長寿を全うし、天和2年(1682年)に100歳を超えるとも言われる大往生を遂げました。
『甲斐国志』などの史料にもその名が刻まれており、滅び去った武田一族の悲劇の裏で、静かに時代の移り変わりを見届けた貴重な歴史の証人と言えます。
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