女川原発が東日本大震災の津波に耐えられたのは、設計時の想定の高さに余裕があったからです。

東日本大震災のとき、女川原子力発電所は女川町に押し寄せた高さ13mの津波に襲われました。さらに、地震による地盤沈下で敷地全体が1mも沈んでしまったんです。普通ならこれだけで危険な状態になりそうですが、実はこの原発は海抜14.8mの高さで設計・建設されていました。

つまり、「13mの津波」に「1mの地盤沈下」が重なっても、計算上はまだ80cmの安全な余裕(マージン)が残る計算になっていました。この厳しめの想定と頑丈な備えのおかげで、深刻な事故を起こすことなく安全に停止することができたというわけです。

ちなみに、こうした高い基準での安全対策に尽力した設計者の一人である平井弥之助は、宮城県の沿岸に近い柴田町の出身で、地元の地形や津波のリスクをよく知る人物でした。

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