最後の将軍・徳川慶喜の波乱に満ちた生涯と数多くの子供たち

江戸幕府の第15代将軍である徳川慶喜は、日本の歴史が大きく動いた幕末の動乱期を生き抜いた人物です。大政奉還を行い、将軍としての表舞台から退いた慶喜ですが、その私生活、特に彼の「家族」や「子供たち」については意外と知られていない側面が多くあります。

将軍職を辞し、すべての政治的立場から退いた直後の慶喜には、まだ子供がいませんでした。そのため、徳川宗家の家督は田安徳川家からわずか6歳だった亀之助(のちの徳川家達)が第16代当主として継ぐことになります。これにより慶喜は宗家の庇護下に置かれることとなり、「徳川宗家」と新しく興された「慶喜家」という二つの家系に分かれることになりました。

しかし、静岡での隠居生活に入ってからの慶喜は、打って変わって多くの子宝に恵まれることになります。最終的には10男11女という総勢21人もの子供をもうけました。激動の時代を乗り越えた慶喜は、写真撮影や狩猟といった多彩な趣味に興じながら、大家族に囲まれた穏やかな後半生を過ごしたのです。激しい政治闘争の渦中にいた前半生とは対照的に、隠居後の慶喜は父親として、そして文化人として静かな日常を愛したと言えます。

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