ペリーの似顔絵にこめられた人々の恐れ
江戸時代の終わりごろ、アメリカのペリー提督が黒船を率いて日本に来航しました。当時の日本人にとって、大きな船や外人の姿はまったくの未知でした。だから、多くの絵でペリーは異様に恐ろしい顔つきで描かれています。
その背景には、不安や恐怖の気持ちがありました。実際に、ペリーの来航以降、外国との貿易が始まり、従来の暮らしや経済に大きな変化が起こりました。物価が上がったり、農民や町人の生活が苦しくなったりしたのです。また、外国の軍事力の強さを知り、「このままでは日本が危うい」と感じた人も多かった。
こうした不満は、次第に幕府への批判へとつながっていきました。「幕府は外国人に弱腰ではないか」という声が広がり、最終的には江戸幕府の終わりと、明治新政府の誕生へとつながっていきます。
新政府は、幕府とは違い、積極的に西洋の技術や制度を取り入れようとしました。学校や鉄道、近代的な軍隊を整備し、国を強くしようとしたのです。ペリーの来航は、まさに日本が大きく変わるきっかけとなったのです。
だからこそ、当時の人が描いた「ペリーの恐ろしい顔」は、単なる絵ではなく、激動の時代に人々が感じていた思いが凝縮された記録とも言えるでしょう。
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