「日本列島には、一体いつ頃から人間が暮らしていたのか?」という疑問は、歴史学や考古学だけでなく、遺伝学や古気候学の発展によって近年大きな展開を見せている非常に深いテーマです。
本稿では、最新の研究成果に基づき「日本列島における人類史の始まり」を解き明かす専門解説記事の第1部(前編)をお届けします。
著者:考古学・古人類学研究チーム
「日本に最初に人が住んだのはいつか」という問いに対して、現在の考古学が最も提示しやすい答えは「およそ3万8,000年前〜3万5,000年前」という数字です。
もちろん、それ以前(5万〜10万年前)の旧石器の可能性を提示する研究も一部存在しますが、日本全国の約1万ヶ所以上におよぶ遺跡群から「確実に人間(現生人類=ホモ・サピエンス)が生活していた」と科学的に検証できる痕跡が爆発的・一斉に現れるのが、今から約3万8,000年前の時期にあたるためです。
1. 氷河期と大陸との結びつき
人類が日本列島へ足を踏み入れた約3万8,000年前は、地球全体が寒冷な「最終氷期(Last Glacial Period)」の真っただ中でした。
地球上の多くの水が氷床として陸上に閉じ込められていたため、当時の世界的な海水面は現在よりも約100メートル以上も低下していました。海水面が下がったことにより、現在の海域構造とは異なる地形的アプローチが可能となっていたのです。
北方(サハリン・北海道ルート): 間宮海峡や宗谷海峡が陸続き、あるいはきわめて狭い水路となっており、ユーラシア大陸北東部からマンモスやヘラジカなどの大型哺乳類を追って人類が南下しやすい環境でした。
西方(朝鮮半島・九州ルート): 対馬海峡の幅が現在より大幅に狭まり、島伝い(渡海)による陸地探訪が容易であったと考えられています。
海水面の低下に伴う陸橋(ランドブリッジ)の出現と狭まった海峡の存在が、大陸から日本列島への「移動の扉」を開くきっかけとなりました。
2. 日本列島を目指した「3つの渡来ルート」
古人類学やゲノム解析(DNA研究)の最新知見によると、現生人類が日本列島へ入ってきた経路には、主に3つのルートが想定されています。
特に南方ルートに関しては、沖縄県の「サキタリ洞遺跡」(約3万〜2万3,000年前の貝つり針などの出土)や「山下町洞人」「港川人」といった人骨化石の発見により、人類が非常に早い段階から航海技術を駆使して島々を渡っていたことが証明されつつあります。
3. なぜ「3万8,000年前」と特定できるのか?
日本列島における人類の歴史を語るうえで、約3万8,000年前という年代測定が強力な根拠を持つ最大の理由は、火山灰(テフラ)の分析と放射性炭素年代測定の融合にあります。
日本列島は世界有数の火山国です。およそ3万年前前後には「姶良丹沢(AT)火山灰」などの巨大噴火による広域火山灰層が形成されました。
全国各地の遺跡で石器が出土する地層の位置と、これらの編年基準となる広域火山灰層を照らし合わせることで、全国の遺跡から見つかる「ナイフ形石器」や「環状ブロック群(初期人類のキャンプ跡)」が、まさに3万5,000〜3万8,000年前に一斉に形成されたことが科学的に証明されたのです。
(第2部[後編]では、「旧石器時代の人々の具体的な暮らしと独自の石器文化」「縄文人・弥生人への遺伝的つながりと現代日本人形成の謎」について詳しく解説します。)
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