源実朝と源頼朝の関係とは?

源実朝は、鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝の末の息子です。実朝は頼朝の三男として生まれ、兄が2代目将軍の源頼家、次兄は源範頼でした。頼朝の死後、幼かった実朝はすぐに将軍の座に就くわけではなく、兄の頼家が跡を継ぎました。

しかし、頼家は父のように幕政に強く関与しようとしたため、外祖父の北条時政をはじめとする北条氏の反発を受け、暗殺されてしまいました。その後、実朝が12歳の若さで3代将軍となりますが、実権は北条氏に握られていました。将軍でありながら、政治への影響力はほとんどなく、北条氏による「得宗専権」の時代が本格的に始まったのです。

実朝は文芸や和歌に傾倒し、武人というよりは学者肌の人物でした。『吾妻鏡』にもその教養ぶりが記されています。しかし、将軍としての立場と実際の権力のかけ離れた状況は、彼の人生をどこか悲劇的に彩っています。

さらに、1219年、実朝は兄・頼家の息子に暗殺され、その死をもって源氏将軍家は断絶。鎌倉幕府はその後、摂家将軍や宮将軍と呼ばれる新たな将軍を京から迎えることになります。父・頼朝の築いた幕府も、息子たちの一代限りで終わってしまったのは、歴史の皮肉ともいえるでしょう。

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