ペリーが江戸湾にやってきた本当の理由とは?

日本史の授業でもおなじみの黒船来航。1853年6月3日、ペリー率いるアメリカ東インド艦隊の蒸気船4隻が神奈川県の浦賀沖に突然姿を現しました。国中が大パニックに陥ったこの出来事ですが、そもそもペリーはなぜ日本へやってきたのでしょうか?

最大の理由は、当時のアメリカが国を挙げて力を入れていた捕鯨にありました。当時、太平洋で捕鯨を行うアメリカの船にとって、遠洋航海中の燃料である石炭や、新鮮な水、食料を補給するための拠点がどうしても必要だったのです。

それまでの日本は長く鎖国を続けており、外国船の接近を基本的に拒んでいましたが、アメリカは日本近海での補給路を確保するため、どうしても開国させたかったのです。最新の蒸気船の威力を背景に圧力をかけ、国交樹立と開港を強く迫りました。

このペリーの来航をきっかけに、日本は長い鎖国時代に幕を下ろし、激動の近代化へと歩み出すことになります。歴史の大きな歯車が動き出した、まさにその瞬間だったのです。

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