マヤ文明を滅ぼしたのは誰か?侵略と最期の歴史

「マヤ文明はある日突然謎の失踪を遂げた」というイメージを持たれがちですが、その歴史に決定的な終焉をもたらしたのはスペイン人による侵略でした。1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到達して以降、中米のマヤ地域にもヨーロッパの脅威が押し寄せました。

しかし、マヤの人々は即座に屈したわけではありません。一元的な中央集権国家を持たず、数多くの都市国家が独立して存在していたマヤでは、スペイン側も各都市をひとつずつ征服していく必要がありました。広大な密林と粘り強い抵抗が、侵略を拒み続けたのです。

最終的にマヤ最後の独立王国であったタヤサル(ペテン・イツァ)が併合されたのは、コロンブスの到達から200年以上も経った1697年のことでした。マヤ文明は一朝一夕に滅び去ったのではなく、非常に長い年月をかけて抵抗を続け、その歴史を紡ぎ切ったのです。

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